クレーマー扱いされないための5つのこと
クレーマーって怖いよね、クレーマーって呼ばれるのも怖いよね
クレーマーという言葉も市民権を得ている今日この頃です。
年末になってからは除夜の鐘がうるさいというクレーマーも出てきていて、除夜の鐘を中止するお寺さんもあるようです。
過去何年も続いてる伝統行事であり、宗教行事でもある除夜の鐘にまでクレームつけるのか!と驚いております。
ですがクレームをつけるということは不必要なことではありません。
自分自身に被害を被る場合には要求することが必要です。
だけどその要求の仕方が悪ければ、逆に自分が悪となってしまいます。
クレームに威圧感は必要ない
そこで、自分自身がクレーマーとならないために必要なこととして3つのことをあげておきたいと思います。
テーマは「威圧感を与えない」。
暴力的な口調を使わない
口調が暴力的だと威圧的になってしまいます。
クレームをつけることの意味は相手に威圧感を与えることではありません。威圧感を与える必要もありません。
なので冷静な口調で要求する必要があります。
ご存知の通り、威圧感のある口調だと相手に恐喝罪で訴えられてしまうこともあります。
謝罪をさせようとしない
日本人は謝罪が好きな人種だと言われるくらい謝罪が好き。謝罪会見などはその典型だと思います。
正直なところ私は謝罪会見なんぞ興味はありません。むしろその後の対策の方が気になります。
とりあえずできることとして謝罪はあってもいいのでしょうが、それっきりで終わってしまうことの方が多いように思います。
なので「まず謝れよ!」よりも「で?どうするの?」という問いに対する回答を求めていきたいところです。
ご存知の通り、謝罪を要求と強要罪で訴えられてしまうこともあります。
利益を得ようとしない
被害を被ることで得る必要があるのはその損失分だけです。
なのでその損失以上のものを得ようとすると、理不尽な要求となってしまいます。
必要なのは原状回復であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
なので「菓子折り持ってこい!」などの要求はもってのほかなのです。
裁判を前提に要求しない
クレームに対して反応がないと法的措置に出る必要があるかもしれません。
「要求に応じない場合は弁護士を通して裁判にかけます」
だけどそのことを前提にして話を進めると、相手に対して威圧感を与えてしまいます。それくらい裁判沙汰って一般人には恐怖です。
クレームを長引かせず早急に解決するためには有効なのかもしれませんが、最初から仄めかすのはどうかなと思います。
伝統行事を排除するようなクレームをつけない
冒頭で述べた除夜の鐘のような伝統行事を「排除」するのはどうかと思います。
確かにうるさいんでしょうが、それって今にはじまったことなのでしょうか?おそらく我々の親世代が生まれる前から続いている行事だと思われます。
人によっては毎年の恒例行事として楽しみにしている人もいるでしょうし、排除してしまうとそれらの人々の楽しみを奪ってしまうことになります。今バッシングを受けているのもそういう理由ではないでしょうか。
クレームをつける際にはより丁寧に、根拠をデータで示す(騒音が何デシベルとか)とか、署名を集めて複数人の声として届けるとかが必要でしょう。
クレーム解決は相手を叩きのめすことではないのです
人間は基本的に負けず嫌いです。負けることをよしとしません。
勝負事であれば絶対に勝ちたいものです。それは否定しません。私も負けることは嫌いですから。
だけどクレームの解決に関してはその負けず嫌いは封印したほうがいいと思います。
途中でも言いましたが、目的は「原状回復」。それ以上でもそれ以下でもありません。
なので相手を叩きのめしてダメージを与えることまでする必要はないと言えます。
なのに勝負事のように捉えてしまって、相手を完膚なきまでに叩きのめそうとする。
もちろん「怒り」が原動力になっているからこそではあるのですが、クレームの時点で相手に非があるという圧倒的有利な状況だからそのように考えてしまうということもあると思います。
だけどそのような考え方はクレーマーを職業としている輩となんら変わりがありません。
相手を叩きのめすことで利益を得る。根本が正しいか邪かは関係なく、目的は一緒ですよね。
正しくクレームをつけているだけなのにクレーマーと呼ばれてしまわないよう、これらのことを心がけましょう。