例えばあなたが初対面の相手に一方的に話しかけられたならどう思うだろうか?
まるでキャッチセールスをされているかのような気分にならないだろうか?
こんなことが企業の面接でも普通にあり得たりします。

例えば僕が経験した面接の話をしよう。
「我が社の社風は…」や「我が社の求める人物像は…」という内容で面接が進んだ。ここまではいい。
だがさらに「会社とは…」「経営とは…」「ビジネスとは…」などの一般論に対する自分の考えを一方的にまくしたてられた。まるで自分の考えを誇示するかのように。

この時の面接官は社長さんだったのだが、最終的には「最悪うまくいかなければ会社をたたんで一人でやればいいと思っています。」という内容だった。
面接を受けたのはパーテーションで区切られた応接スペース。
他の社員にも聞こえているはずだったのだが、聞いていた社員はどう思っただろうか。

この時は最後に「こんな会社でもいいですか?」と聞かれたので、丁重にお断りしました(笑)。

上記のパターンは少々極端ですが(いや、だいぶか)、似たような例は他にもある。
例えば「営業とは?簡潔にお答えください」と質問されて回答したところ、「いや、私はこう思います」と返されてその面接官の営業論を聞かされたりなどという面接はよくあるし、耳にもする。

このような面接をする会社では、おそらく自分の考えなどは一切受け付けてもらえない。容易に想像が付く。
おそらく社長のトップダウンでしか支持が降りてこないだろうし、社長の能力次第の経営となる。
よほど経営能力のあるトップであればいいのだろうけど、いくら経営能力が優れている経営者でもうまくいかなくなることはある。そんな事例はニュースでもよく目にしてきた。

会社って「社長」だけで作られているものではないはずですよね。
「社長」の能力プラス「社員」の能力がシナジーとなっていい方向に向かうものでしょう。

要はこういう面接をする会社は「会社人間」となれる人材を強く求めているのだと思う。愛社精神の塊のような人間を採用したいのだろう。悪く言えばイエスマン。
きれいごとで言えば、愛社精神がある社員の方が一生懸命に会社のために働く。本音で言えば、イエスマンの方が使い勝手がいい。

確かにイエスマンはいる。
いや、大抵の会社員はイエスマンだろう。
能力主義と言いながら、なんのかんのと言って判断する上司の主観がものを言う世界だ。
いくら成果を上げていたとしても、上司の指示とことなるやり方で上げた成果でなければ評価されない。
そして指示通りに行動して成果が出なかった場合は部下の責任となる。

近年は真の能力主義を標榜する企業が増えてきているようだから、このような世界は少数派となってきているのかもしれないが、だけど、だけどなのだ。
まだまだこんな企業は存在するだろう。

会社勤めをするのであればイエスマンとならなければならない局面もあるだろう。
だけど、最初からイエスマンであることを求められることがわかってしまうような企業には最初から勤めない方がいいと僕は思う。

もちろん、盲目的に徹底的にイエスマンとなれる人は別だけど。