なにか失敗をしちゃったりするとついつい「死にたい」と口に出してしまうこともあると思います。
なければそれに越したことはありませんが、頻繁にあるという人は要注意ですよね。
言葉には力があり、口に出せば出すほどその言葉に引きずられるようになってしまいますから。

ならば言い換えてみればいいんじゃね?

果たして「死にたい」と口に出す人は本当に死にたいと思っているのでしょうか?
私はNOだと思っています。ほとんどの人がライトに口に出しているような気がしてなりません。
ただし言い続けている人はそれを本当に思うようになる。先ほど言った、言葉の力に引きずられるかのように。
私はそうなんじゃないかと思っています。

少し乱暴な物言いになりますが、「死にたい」と口に出す人の多くはこの言葉に言い換えてもいいんじゃないかと思うんです。

「何もしたくない」
「何も考えたくない」
「誰とも会いたくない」
「外に出たくない」

背景はいろいろとあると思いますが、おそらくこれらの言葉に置き換えることができるのではないでしょうか。

自ら死を選ぶ事はルール違反であると誰かが言ってました

そしてこれらの言葉に置き換えていくと、自ら死を選ぶ可能性は大きく減ります。
言葉の力を考えると、何もせず、何も考えず、誰とも合わず、外に出ず、くらいで終わるのではないでしょうか。

もちろんそれらの状態はいいものではないかもしれません。
だけど、自ら命を絶つよりは数段マシだと思うのですよ。ベターなのです。
人間はとりあえず生きてさえいれば。最低限それだけでいいのです。

V.E.フランクルの著書『それでも人生にイエスと言う』で、このような考え方がありました。

「あなたが人生に絶望したとしても、人生はあなたに期待している。だから自ら命を絶つ事はルール違反なのだ。」と。
この言葉、好きだなあ。

今回言いたかったことはこの2つです。

・言葉の力を甘く見るな

・とりあえず生きることが最優先

このことは肝に命じておきたいし、悩んでいる人にも訴えていきたいことです。
いつもと違って重いし、キャラとは違うテーマでしたけど、大切なことだと思うので記事にしてみました。

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