3年間のチャレンジは無駄じゃなかった

プロ野球の世界はストーブリーグに入っています。
ドラフト指名した選手と契約だとか、FA宣言だ、トレードだというニュースがちらほら入ってきておりますが、気になるのは現役選手のことだけではありません。
戦力外となった選手たちのことも気になります。少なからず応援していた選手なのですから。

そんなことを思っていると、昨日こんなニュースが入ってきました。

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『ロッテ田中引退、就活し入団時蹴った三井物産再内定』(日刊スポーツ)
https://www.nikkansports.com/baseball/news/201711220000029.html

 

華麗なる転身だ。ロッテから戦力外通告を受けた田中英祐投手(25)が現役を引退し、総合商社大手の三井物産への就職が内定したことが21日、分かった。現役3年間で未勝利に終わり、球団からはフロント入りを打診されていた。京大初のプロ野球選手として注目されてきた右腕が第2の人生に選んだのは、世界を股に掛ける商社マンだった。

 プロ野球選手から商社マンへ、超レアな“転職”が実現した。田中は「球団に残り野球界に貢献することも考えましたが、新しい世界で勝負したいと思いました」と晴れやかな顔で話した。来年4月1日からは、同期160人とともに三井物産の正社員として働く。

 再び縁が巡ってきた。京大工学部4年生だった14年春、同社の内定をもらったが「安定よりも挑戦したい」とプロ志望届を提出。ドラフトでロッテの2位指名を受け、京大初のプロ野球選手が誕生した。だが、3年間で1軍登板2試合のみ。今年10月に戦力外通告を受けた。ほどなく、3年前の採用担当者が連絡をくれた。「また、受けてみないか」。現役続行と悩んだが、最後は「内定を蹴ったのに、また受けさせてくれるなんて。こういう会社で働いてみたい」と決断した。

 他の大学生と同じく、複数回の面接をへて内定を得た。採用担当の古川人材開発室長は「プロ野球で修羅場を踏んだ経験は、ビジネスでも生きる」と期待する。「挑戦と創造」を掲げる同社にとって、京大からプロ野球に飛び込んだ生きざまそのものが評価に値した。テニスや柔道などアマチュアのトップ選手が入社した例はあったが、元プロ選手の入社は初めてだという。

 イップスにも陥った。サイドスローにも替えた。もがき、苦しんだプロ野球人生だったが、田中は「乗り越えられたかは分かりませんが、1日も手は抜きませんでした。人として大きくなった3年間でした」と胸を張った。商社マンに英語は必須。来年1月には、私費で米国への語学留学を考えている。さらば、プロ野球。新たな挑戦が始まった。【古川真弥】

 ◆田中英祐(たなか・えいすけ)1992年(平4)4月2日生まれ、兵庫・高砂市出身。白陵から京大工学部。卒論テーマは「SFAにおける溶媒和構造の逆計算理論」。大学通算65試合8勝31敗、防御率2・25。14年ドラフト2位でロッテ入団。プロ通算3年間で2試合0勝1敗、防御率13・50。180センチ、75キロ。右投げ右打ち。

 ◆三井物産株式会社 日本を代表する総合商社。明治初頭に実業家の益田孝が設立した会社が源流。戦後の財閥解体をへて、現在の三井物産は47年に設立された。資本金約3415億円(17年9月30日現在)。従業員5971人(17年3月31日現在)。世界66カ国・地域に事業所を持つ(17年11月1日現在)。

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京大卒(京大から直接入団した)で初のプロ野球選手となった田中英祐投手。
今年限りでマリーンズから戦力外を受けていたので、今後どうするのかと思っておりましたが、引退し商社勤務を選んだというニュースです。

田中英祐氏(日刊スポーツより拝借)

私個人としては再度改めて別のチームで現役を続けて欲しいなあと思っていましたけど(マリーンズのフロント入りはしないほうがいいと思ってた)、引退を決めた理由を見て納得し、非常にうれしくなりました。

大学4年間+プロ3年間の姿勢を評価したんだね

この記事にあるように、戦力外通告を受けてから3年前に内定を辞退した三井物産の担当者から受験を勧められ、それを意気に感じて決めたとのこと。
こういう浪花節的な話に弱いんですよ。野球好きは。

また元採用担当者としてもこの採用には見るべき点が多いです。非常にうれしくなります。

・「プロ野球で修羅場を積んだ経験は、ビジネスでも生きる」と、業務とはまったく関係のないプロ野球での3年間を評価したこと
・1回内定を辞退されたのに、期間をおいて改めて採用したこと
・大学卒業後2年半ほど経過しているのに中途採用でなく新卒扱いとしたこと
・特別扱いをせずに他の応募者と同じように複数回の面接を経ての採用だったこと

それもこれも三井物産が田中英祐氏に魅力を感じていたからこそのことだとは思うのですが、要は前向きなチャレンジを評価し、大学卒業後の3年間をブランクと捉えずに経験だと捉えたから門戸を開いたということではないでしょうか。

チャレンジしない人は成長もしないし評価もされない

彼の通算成績を見てわかるように、プロ野球の世界では成功者ではありません。
キャリアの大半を二軍で過ごしていたので、むしろ失敗した選手だと言えます。
(一軍登板できただけでも成功だと言えるかもしれないけれど)
安定よりも夢をとった彼の選択は間違いだという人もいるかもしれません。

だけど夢を選択した彼は努力を怠らず、周囲の人への感謝を忘れず3年間取り組んできました。
そして夢は破れましたが、改めて安定をとることに成功したわけです。
このように夢を追い夢破れたけれど、チャレンジし前向きに取り組んできたことが評価されたというのは一ファンとしても喜びでしかありません。

このことはウチの子供にも伝えようと思います。
とりあえずやってみようとチャレンジすることは成長に繋がるし、思わぬところで評価を受けることがあることを。

今後の田中英祐投手、いや田中英祐氏の活躍に期待します。
「世界中の挑戦し続ける人のためになるような仕事」ができればという希望に向かっての、彼の新たなる挑戦を応援しています。

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